秋の日誌

Autumn Journal

現世と他界の境界で――西福寺の「檀林皇后九相図」を見る

Kyoto, le 27 octobre 2018, samdi, beau temps

「京都非公開文化財特別公開」のプレスイベント出席に合わせ、「檀林皇后九相図」を見に、京都市東山区轆轤町の西福寺(さいふくじ)を訪れた。轆轤町界隈の六道の辻は、平安京の火葬地であった鳥辺野の入り口に当たる。現世と他界の境界と考えられてきた場所。小野篁が冥界通いに使った井戸で有名な六道珍皇寺も近くにある。

今回、西福寺では修理・修復が完了した「南瞻部州(なんせんぶしゅう)万国掌菓之図」と海北友松の筆による「布袋図」を初めて公開する。昨年同様「檀林皇后九相図」も一般公開する。

「檀林皇后九相図」と聞いてピンと来ない人でも「巷説百物語」(京極夏彦、角川書店)の一篇「帷子辻」と言えば、あるいは、心当たりがあるかもしれない。江戸時代後期の戯作者 桃花園三千麿(桃山人あるいは桃花山人と記される)による「絵本百物語」(挿絵:竹原春泉斎)の「帷子辻」をモチーフとした物語だ。江戸時代の京都・帷子辻に幾度も現れる女性の死体の謎を描く。

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By Takehara Shunsen (竹原春泉) - ISBN 4-0438-3001-7., パブリック・ドメイン, Link

檀林皇后と呼ばれた嵯峨野天皇の皇后 橘嘉智子(たちばな かちこ、786年〜850年)は、自らが深く帰依する仏教の無常観、諸行無常の真理を人々の心に呼び起こすため、死に臨んで自分の亡骸を埋葬せず、辻に打ち捨てよと遺言したという。皇后の遺体が置かれた場所を人々は経帷子(死装束)にちなんで帷子辻と呼んだ。皇后の棺を覆っていた帷子が風に飛ばされ、舞い落ちた地名を帷子辻としたなどの異説もある。そんな檀林皇后の亡骸の推移を九つの場面に分けて描写したのが「檀林皇后九相図」である。

仏教の不浄観のうち、人間の死体を九段階に分けて観相(瞑想の一種)することを九想観という。出家者は自身や他者の肉体に対する執着を断ち切るために、人間の身体に関する不浄の様子、つまり、髪、皮膚、内臓、体液、骨、筋肉、あるいは死体そのものを細部に至るまで極めて詳細に具体的に、そして、リアルに想像する。その観相のステップを九つに分割したということ。中国・隋の時代に天台宗を確立した智顗(ちぎ、538年〜597年)の観想法の講話「摩訶止観」(潅頂(かんじょう)が筆録)が、日本の九相観に直接的な影響を与えている。「摩訶止観」で説かれる九相は以下のようなもの。Wikipediaの「九相図」解説がシンプルで分かりやすいので、それらを引用する。

  1. 脹相(ちょうそう) -死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する
  2. 壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ、壊れはじめる
  3. 血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす
  4. 膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する
  5. 青瘀相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる
  6. 噉相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる
  7. 散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する
  8. 骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり、骨だけになる
  9. 焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ、灰だけになる

九相図にはさまざまなバリエーションがあり、上記の九相を踏襲しない九相図も存在する。「檀林皇后九相図」はまさにそれで、最初の場面は 「第一新死想」として、臨終を迎えようとする檀林皇后を親族が看取る図である。「第二膨張想」は「脹相」にあたり、「第三血塗想」が「壊相」および「血塗相」に重なる。「第四蓬乱想」は「膿爛相」だろう。しかし、「第五噉食想」と「第六青瘀想」はそれぞれ「摩訶止観」の第六相「噉相」と第五相「青瘀相」というように、入れ替わった順番で対応している。「第七白骨連想」「第八骨散想」も、(「摩訶止観」の)第七相「散相」、第八相「骨相」の順序を変えて対応すると同時に、各相の解釈に若干の違いが生じている。「檀林皇后九相図」では亡骸は骨となった後に散逸するのだが、「摩訶止観」ではまず五臓が散らばり、その後、骨となる。「第九古墳想」には墓と倒れた卒塔婆が描かれる。

檀林皇后のような特定の人物になぞらえた九相図にはほかに小野小町のもの(「小野小町九相図」(京都・安楽寺))がある。従来、九相図は男性出家者の煩悩滅却を目的として制作された図像と解釈されてきたが、山本聡美教授(共立女子大学・日本中世絵画史)は「九相図をよむ 朽ちゆく死体の美術史」(角川選書)の中で、九相図と説話との連結を指摘しながら、「女性教化の方便としても大いに利用されたのではないだろうか」(p.121)と書く。つまり、「小野小町を通じて語られる驕慢への戒め」や「檀林皇后説話を通じた女人開悟譚」という具合に、女性を教え、導く物語としての機能を九相図にみる。九相図の主体が女性であることのひとつの解釈として、この現代的な視点はとても興味深い。

冒頭に記した京極夏彦の小説では、作品の結構に仏教説話としての九想観説話を組み入れながらも、実際に死体を前にしてしまった人間が直面するであろう哀しくも凄惨な心の動きを描写する。宗教の力を持ってしても救えない(かもしれない)人間のある種の現実を鋭く抉り出す。

「幾度も申し上げますが、そこなる屍体はただのモノで御座居ます。そこまでモノに拘泥るは妄執以外の何物でもない! 死者は既に――」
 そこにはおりませぬ、と御行は言った。
(中略)
「生きた躰そのものが魂で御座居ます。生き残った者の心中にこそ――冥府はあるので御座居ます」

現世でのいかなる生をも肯定し、肉体と魂の不可分を説くことで作者は、生きながら地獄をさまよう人間を救おうとする。この短篇小説もまた、九相図の現代的な解釈を提供する優れた範例であると思う。

「京都非公開文化財特別公開」は2018年11月1日〜11日まで。京都市内16ヵ所、八幡市内2ヵ所の計18ヵ所を公開する。

関連リンク

【特別公開】平成30年度「第54回京都非公開文化財特別公開」のお知らせ

九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史 (角川選書)

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死を想え 『九相詩』と『一休骸骨』 (ブックレット“書物をひらく”)

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巷説百物語 (角川文庫)

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「死の古美術 第15回 醜と美」(BOOK PEOPLE)
西福寺 (京都市東山区) - Wikipedia
六道珍皇寺 - Wikipedia
鳥辺野 - Wikipedia
帷子辻 - Wikipedia
九相図 - Wikipedia
橘嘉智子 - Wikipedia 
絵本百物語 - Wikipedia

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